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   <title>平成教育委員会の歴史</title>
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   <subtitle>平成教育委員会についての感想</subtitle>
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   <title>フジテレビ19時台冬の時代からの脱却</title>
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   <published>2007-12-24T08:10:00Z</published>
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   <summary>ビートたけしの発案から始まり、大々的な人気を得た『平成教育委員会』ですが、この番...</summary>
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      ビートたけしの発案から始まり、大々的な人気を得た『平成教育委員会』ですが、この番組が始まるまで、フジテレビ土曜19時台は人気がなく、裏番組の人気が高いということもあり、番組が長続きしませんでした。

当時の裏番組には、『まんが日本昔ばなし』や『きんぎょ注意報』、『おぼっちゃまくん』などの大ヒットアニメや、『クイズダービー』という、国民的人気だったクイズ番組がありました。

ここに、ビートたけしからの提案を受けたフジテレビは、あえて同じクイズ番組『平成教育委員会』をぶつけたのです。
これは、ある意味賭けであり、裏番組に押さえつけられ続けている状況からの脱出を狙った挑戦でもありました。

ところが、始まってみると『平成教育委員会』は空前のヒット番組となりました。
裏番組の『おぼっちゃまくん』や『クイズダービー』は終了に追い込まれ、『まんが日本昔ばなし』は、時間帯の変更を余儀なくされたのです。

こうして、フジテレビ19時台の冬の時代は終わり、TBSが『筋肉番付』を開始するまで、長らく『平成教育委員会』は19時台トップを走り続けました。
      
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   <title>逸見政孝とビートたけしの親交</title>
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   <summary>『平成教育委員会』から、まったくタイプの異なる二人ながら、息のあった名コンビとし...</summary>
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      『平成教育委員会』から、まったくタイプの異なる二人ながら、息のあった名コンビとして、ビートたけしと逸見政孝の人気は不動のものとなりました。

この番組から、二人は交友を深めていくことになります。
付き合いは家族ぐるみで、公私ともに仲の良い二人は、逸見政孝が、癌で入院してからも、ビートたけしができるだけ見舞いに向かうなど、お互いに親友としての交流が続きました。

その関係の深さは、逸見政孝が亡くなる直前のエピソードとして、家族以外では、ビートたけしだけが、面会を許されたという話もあるほどです。

他局でも二人で司会をやるなど、無二の親友だった二人ですが、『平成教育委員会』が終わらぬうち、逸見政孝は癌によって帰らぬ人となってしまいました。
『平成教育委員会』が終了した時の記者会見で、ビートたけしは「最後まで逸見さんと一緒にやりたかったなぁ…、それが心残りです」と語っています。
二人は、最後まで親友でした。
      
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   <title>たけし先生も問題に挑戦していた平成教育委員会</title>
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      ふつう、クイズ番組の司会は、番組前に答えを聞いているか、司会だけが持っている進行表に答えが書いてあるものです。
答えをあらかじめ知っておくことで、回答者にヒントを与えたり、誘導したりするのが、本来のスタイルとして定着しています。

ところが、『平成教育委員会』は一味違いました。
『平成教育委員会』のたけし先生（ビートたけし）は、なんと番組前にクイズとして出題される問題を、例題も本問も、実際にやってみていたのです。

それで、番組中に正解者が少ない問題の時には、たけし先生が「これは私も解けませんでしたからね」などと言う場面もありました。
うっかり答えを言ってしまうこともあり、進行としては冷や冷や。

司会進行ながら、実は自分も参加していたというあたりが、ビートたけしらしいところでしょうか。
不祥事で仕事がなく、反省として問題集をやっていたことから発案された番組ということもあり、ビートたけし自身、この番組には人一倍の気持ちがこもっていたのかもしれません。
問題を自らも挑戦していたのは、反省と勉強のし直しを、続けていこうという姿勢でもあったわけですね。
      
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   <title>特別な役割？　逸見政孝委員長</title>
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   <summary>クイズ番組『平成教育委員会』で、逸見政孝は学級委員長という肩書で出演していました...</summary>
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      クイズ番組『平成教育委員会』で、逸見政孝は学級委員長という肩書で出演していました。
この学級委員長という立場、当時の他の番組では考えられない画期的な存在でした。

一応、ビートたけしと一緒に司会進行を行う役割を担っていた、学級委員長こと逸見政孝。
司会進行である以上、回答も知っているかと思いきや、たけし先生と例題の解説をすませ、実際に授業という形でクイズが始まると、回答者席に座り、他の回答者と同じように問題に挑戦するという、何とも不思議な役割になっていました。

そのため、進行途中の会話の中で、例えばなしとして逸見が話した内容が、次の問題の答えだったというようなハプニングも。
この時は、差し替えの問題が用意されておらず、ちょっとしたパニックになりました。
逸見が「だって問題を知らされてないから」と弁明する様子も、視聴者を楽しませました。

問題の内容もさることながら、番組そのものの作りも特殊で先が読めない展開が続いたからこそ、平成教育委員会は人気が出たのかもしれません。
実際に番組を作っていたスタッフは、どうなるかわからない部分もあって、大変だったようですが。
      
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   <title>冷や汗ものの進行が、逆に笑いを生んだ『平成教育委員会』</title>
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   <summary>『平成教育委員会』といえば、司会進行がビートたけしで、同じく司会進行の委員長逸見...</summary>
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      『平成教育委員会』といえば、司会進行がビートたけしで、同じく司会進行の委員長逸見政孝の掛け合いの楽しさが人気の一つでした。
ところが、この二人の掛け合いは、常に冷や汗ものの進行だったのです。

というのも、ビートたけしは答えを知っていても、実際に問題を解説された部分が少なく、実際に自分が挑戦しているというところから入っており、委員長逸見政孝にいたっては、例題・解説をしてはいるものの、解答を知らされていない回答者の一人という状況での進行なのです。

逸見政孝は、委員長として回答者の模範として存在していましたが、国語や社会が非常に得意なものの、算数が苦手で、時にはネタにされてしまうほど。
逆に、たけし先生は国語が苦手で、ついうっかりほとんど答えに等しい言葉を使ってしまうなど、ハプニングは耐えませんでした。

答えを知らされていない逸見が、解説でうっかり次の問題の解答を言ってしまい、たけし先生に突っ込まれてしまうというエピソードもあります。
先が読めない楽しさがあった『平成教育委員会』ですが、実際は司会進行も先が読めない、考えられないようなつくりの番組だったのです。
      
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   <title>聞いたことある効果音</title>
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      ゲームが好きな人なら、『平成教育委員会』を見ていて、「あれ？　この音楽聞いたことあるな」と思ったことがありませんか？
実は、『平成教育委員会』で使用される音楽や効果音は、懐かしいゲームで使用されていたものから持ってきているものがたくさんあります。

ゲームをしない人でも知っている『スーパーマリオブラザーズ』から、音楽や効果音を持ってきているのは、わりとわかりやすいかもしれません。考え中の音楽や、勉強小僧がジャンプするときの効果音などが、気づきやすいですね。

他にも、独特な世界観で笑いと脱力を誘う迷作シューティングゲーム『パロディウスだ！』の曲や、サッカー編やドッジボール編など、さまざまなパターンのゲームが発売された『熱血硬派くにおくん』からも曲を採用しています。

これ以降、バラエティ番組でゲームやアニメから音楽を持ってくることが増えてきました。
適度な長さで、種類も豊富にあるため、細かい演出をするのに使いやすいという理由からです。
今の番組でも、よく聞いていると「おっ」と思うものがあるかも知れませんよ。
      
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   <title>DSでゲーム化『平成教育委員会』</title>
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      大人気だった、あの『平成教育委員会』が、ニンテンドーDSソフトで出ています。
発売元は、バンダイナムコゲームス。
バラエティ番組やコミックのゲーム化で定評があるメーカーで、この『平成教育員会DS』も、細かい部分まで、非常によくできています。

もともと、クイズ番組なのでゲーム化しやすかったということもありますが、たけし先生やたけし軍団の生徒たちと一緒に問題を解いていくという、番組の造りを意識した内容で、制作のこだわりが見える出来です。

音楽も、元番組同様、マリオブラザーズのシリーズから引用するなどのこだわりぶり。
ゲームの途中で「あ、こんな音楽だったな」とか「こんな雰囲気だったな」と、懐かしくなる部分も。

しかも、今年12月には『平成教育委員会　全国統一模試スペシャル』が発売されます。
通信対戦で成績を競うのもよし。
今回はたけし先生となって、他のプレイヤーに問題を出すモードも。
あの番組を、自分でコントロールできるようになりました。

あの懐かしい番組『平成教育委員会』を、今度は自分自身が生徒となりたけし先生となり、とことん楽しんでみましょう。
      
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   <title>クイズゲーム化された義務教育</title>
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   <summary>小・中学生時代に学ぶ、義務教育の内容というと、ほとんど一般常識として語られるもの...</summary>
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      小・中学生時代に学ぶ、義務教育の内容というと、ほとんど一般常識として語られるものです。
人によっては、自分の小・中学生時代、つまらなく感じた内容も多かったのではないでしょうか。
今さら、そんな勉強をやってみようと思う人も少ないかもしれません。

ところが、その小・中学生がやるような内容でヒットした番組があります。
クイズ番組『平成教育委員会』です。

『平成教育委員会』で出されるクイズは、実際に小・中学生がやる内容そのもの。
実際に中学入試などで出題されたものも少なくありません。
本来なら、大人があっさりと答えられるはずの、面白みを感じされるはずがない内容です。

これが、クイズとして出されると面白いもので、特に理科の実験などは「へぇ?」と唸るような内容も。
国語の内容も、意外と知らないことばかり。
数学や社会も、「あれ？　なんだったっけ？」と頭をひねるものがたくさんありました。
また、真剣に間違える大人たちの反応も楽しく、『平成教育委員会』は、大人気番組となりました。
バラエティクイズだと、義務教育の勉強も、楽しくなりますね。
      
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   <title>問題はどうやってつくっているの？</title>
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      小・中学校レベル、つまり義務教育レベルからといえ、なかなか難しい問題が多かった『平成教育委員会』。
この問題は、どのように作られていたのでしょうか。

ひとつは、実際に中学入試や全国一斉模試などで出題された問題からの引用です。
問題の紹介の時に、問題の下に「○○中学入試問題」や「○○年度模擬試験問題」という文字があるのを見たことがありませんか。
有名私立中学の入試問題などは、さすがにしっかり勉強していないとわからないようなものばかり。
回答者も苦しめられました。

もう一つは、番組オリジナル問題として提出されるものですが、これらは日能研が協力して制作されていました。
日能研といえば、小学生対象の中学校入試のための学習指導で有名なところ。
番組がテーマとする『義務教育レベル』からの出題をするには、うってつけの協力者でした。

この二つのやり方で、あの絶妙なレベルの大人気番組の問題は作成されていたのですね。
実際に中学受験に役に立つ問題ばかりということもあり、親が子供に見せたい番組でも、ランクインすることができました。
問題作成の流れを見れば、納得です。
      
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   <title>中継延長で問い合わせ？</title>
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      ビートたけしと逸見政孝の絶妙な司会進行と、つぎつぎと出される絶妙な問題、笑わせてくれる珍回答の数々で、大人気だった『平成教育委員会』。
その人気は、すでに三回の放送が終了した時点で、確立されていました。

第四回放送は、バレーボール・ワールドカップ中継のため、翌月にずれ込むことになりました。
すると、「もう平成教育委員会は放送しないのですか？」という問い合わせが殺到したのです。
たった三回の放送で、固定ファンがしっかりついていたのです。
この件で、ビートたけし本人も周囲から「あれは面白かったのに」と言われたというエピソードもあります。
これをネタにして、たけし先生と逸見政孝委員長が番組冒頭のトークをするという場面も。

人気は視聴率に如実に表れています。
終盤は裏番組に押されて、数字を落としてしまいましたが、番組の平均視聴率は16.2％という高視聴率記録を残しました。

開始後破竹の勢いで、その地位を確立した『平成教育委員会』は、裏番組を終了や時間帯移動せざるを得ないほど圧倒的な人気を誇り、フジテレビの看板番組として、数年の間、時間帯トップを走り続けました。
      
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   <title>次々と出る珍回答</title>
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      『平成教育委員会』というと、問題は義務教育レベルからの出題で、問題によっては難しくてとても解けないものがあるものの、基本的には知っていて当然といった部分が多いのも事実。
ところが、そこはさすが芸能人。
出てくる回答には笑いを誘うものがたくさんありました。

たとえば、『「くさい」の反対語を答えなさい』という問題では、ラサール石井が「くさくない」と答える大ボケ。
以降、このタイプの問題の時に、たけし先生が「言っておきますけど、『○○らしくない』『○○ない』とか言う答えは駄目ですよ。早めに青少年の非行の芽を摘み取っておかないと」というギャグが慣例化するなど、珍回答からお約束ができることも。

必ず出演していたたけし軍団のメンバーも珍回答で笑いをとっていましたが、渡嘉敷勝男や岡本夏生も、天然ボケをかますなど、回答でも楽しませるのが『平成教育委員会』の持ち味でした。

いろいろなタイプの珍回答が出てくると、逆に頭の回転がよく見えてしまうのが不思議ですが、プロとして笑わせてくれたパネラーのメンバーたちの珍回答は、間違いなく『平成教育委員会』の人気の理由の一つでした。
      
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   <title>逸見政孝の入院</title>
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      『平成教育委員会』は、ビートたけしと逸見政孝の絶妙なコンビによる司会進行が持ち味の番組でした。
公私ともに親交の深かった二人の、息の合った司会進行で、番組の人気は絶頂を迎えていました。

ところが、そこに暗雲がたちこめます。
番組開始からちょうど2年となる1993年10月、学級委員長である逸見政孝が、癌治療のため入院となりました。
その間、学級委員長代理として、当時フジテレビアナウンサーだった中井美穂が代役を務めました。
あくまで代理であったのは、逸見政孝の回復を願っての配慮であったといわれています。

しかし、同年12月25日、願いむなしく逸見政孝は逝去。
直後の番組枠では、追悼番組が放送されました。

これを受けて、代理で会った中井美穂がレギュラーになりましたが、肩書は学級委員。
学級委員長の肩書は、逸見のために永久欠番とされました。
また、番組名も、しばらく『たけし・逸見の平成教育委員会』のままで残されました。
これは、ビートたけしの希望であり、遺族への配慮でもありました。

しばらくして、タイトルは正式に『平成教育委員会』となり、逸見政孝のいない番組がスタートしました。
      
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   <title>ビートたけしの事故入院で生まれ変わった番組</title>
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      1994年8月、ビートたけしが交通事故で入院し、逸見政孝を失いながらも、人気を保っていた『平成教育委員会』を一時降板せざるをえなくなりました。

これを機に、逸見の死後も、逸見政孝とその遺族への配慮からそのままにしていた、『たけし・逸見の平成教育委員会』という番組名から、正式に『平成教育委員会』と改められました。

ビートたけしの不在で、ピンチヒッターを務めたのは明石家さんま、所ジョージ、大橋巨泉というそうそうたるメンバー。
タイトルも、ビートたけしが復帰する二月まで、『平成教育委員会・毎回がスペシャル』となり、問題の種類も、統計の上位数項目を当てる「統計テスト」、幾つかの項目を指定された順番に並べ替える「選択テスト」など、種類が増え、番組初の生放送が行われる（この会の司会は所ジョージ）など、さまざまな改革が行われました。

これらの試みは成功し、1995年3月のビートたけし復帰の回では、視聴率35.6%を記録するなど、番組はピンチを切り抜け、人気をキープできたのです。
ビートたけしの受難は、見事な改革のきっかけとなりました。
      
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      交通事故での入院から、ビートたけしが復帰して間もなくの1995年秋頃から、97年1月までは独創力テスト、ひらめきパズル等、クイズ形式のコーナーがメインになりました。
それまでの授業形式クイズがマンネリになってきたという部分からの改革でした。

従来通りの授業形式のクイズは「北野ゼミ」という１コーナーに縮小され、早押し形式のIQクイズや、他の人と答えがかぶらないようにする「独創力テスト」、チームメイトが演奏した曲を当てる「音楽リレーテスト」などが次々と登場します。

採点も、最大10点から400点にまで増やされ、点数の上下が激しくなりました。
ハンディキャップ制度も始まり、渡嘉敷勝男は500点スタートなど、過去の成績によって、最初の持ち点が決まっている形式になりました。
ちなみに、それでも渡嘉敷勝男は優勝ができませんでしたが。

ところが、この変革はあまり視聴者には歓迎されませんでした。
番組初期からのコンセプトを、ある意味無視してしまった状況に、視聴者はついてこず、視聴率は下がっていきました。
その後のスペシャル版では、この形式のクイズは行われていません。

結局、この時期から裏番組の人気上昇の影響もあり、平成教育委員会は、1997年9月、レギュラー放送を終了しました。
      
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